年明けて1記事書いてそのままにしてたら早くも2月!
異常気象や世界情勢などが凄くなっててその動きも猛スピード。
どうせ目まぐるしくてついて行けないし、自分の中にしっかり芯と軸を持って心を振り回されないように、明るく楽しい気分で過ごすことを心がけてます。
ウイルスもそりゃ怖いけど、睡眠や栄養をしっかりとって、免疫力を落とさないように気をつけましょうね!
「神との対話」って知ってる?
私は結構本を読むとか言いながら、このブログのお勧め本でまだ3冊しか記事にしてないことに気づき、じゃあ次は何を…と考えた時に思い浮かんだのがこの本。
だって、よくよく考えたらこれまでに一番繰り返し読んだ回数が多いのはこれなんです。いや、何回読んだかとか覚えてないくらいです。
「神との対話」あらすじ
1992年の春-復活祭のころだったと記憶しているが-驚くべきことが起った。神がわたしに語りはじめたのだ。わたしを通じて神は語った。
~神との対話 第1章より~
私生活にも仕事にも行き詰まっていた著者は、前から何か考える時に手紙を書くことによって気持ちを吐き出す習慣があったので、その時は自分を苦しめている相手じゃなくもっと根源、最も偉大な相手である「神」に宛てて手紙を書いたんだそうです。
「こんなにもがき続けていなければならないなんて、私が一体何をしたというのか!」
怒りを込めた問いの数々が並んだ悪意のある激しい手紙を書き終えてペンを放り出そうとした時、不思議と何かに抑えられているようにペンが勝手に文字を書き始めたと。
つまり自動書記のかたちで神が答え始めたというストーリーなんです。
この本は37か国語に翻訳され、日本でも140万部を超える人気シリーズ。
日本語の単行本が1997年発刊で、今でも人気で読み継がれているロングセラー本なんですね~。
タイトルはアレかもだけど
というわけで知ってる人は知ってて今さら感さえあるかもしれない「神との対話」。
でもまだ読んだことない人からしたら、タイトルからしてちょっと抵抗を感じるかもしれませんね(^_^;)
「神は素晴らしい!的な宗教の本なの?」とか「アメリカ人が書いたんならキリスト教の本?私は仏教なんだよね…」とか。
そんな風には思わなくても「神との対話」ってデカデカと書かれた本を人前で読んでたらなんかヘンに思われそう…とか。わかります!私も今でもそれはちょっと思います(^▽^;)
特定の宗教推しではない
でも実際に読むと全然特定の宗教の本じゃないです。
この世の全てが神さまで、人もみんな神さまで、だから私もあんたも神さまで(分け御霊)、大事なのは感謝の心やで~と習った、
そんな神道育ちの私にもしっくりくるし、わかりやくすてかつ学びになる内容です。
この本に出てきて語りかけてくる「神」も、宇宙の根源とか大いなる全てとか、そんな風に言い換えた方がすんなり入ってくるかもしれません。
すべてのひとは特別であり、すべての時は黄金である。他よりも特別なひと、特別な時というものはない。多くのひとは、神が特別な方法で、特別なひとだけにコミュニケートすると信じている。そのために、自分で神のメッセージを聞く責任はないと思っている。ましてメッセージを受け取る責任はないと考えて、いつもほかのひとの言葉ばかり聞いている。神の言葉は誰がほかのひとが聞いていると決めつけ、そのひとたちの言うことを聞いているのだ。
神の言葉を聞いたというひとたちの言うことを聞いていれば、自分で考える必要はなくなる。
大半のひとがわたしのメッセージに背を向けている最大の理由は、そこにある。自分自身が神のメッセージを受け取ったと認めれば、自分で考え、実行する責任が生じる。他人の解釈を受け入れているほうが(たとえその他人が2000年前の者であろうとも)いまこの瞬間にも受け取っているかもしれない神のメッセージを解釈しようと努力するより、はるかに楽で安全だ。
~神との対話 第1章より~
引き寄せの法則と同じ話も
引き寄せの法則ってブームになってたと思うけど、それと共通するような内容もあります。
したがって、正しい祈りとは、求めたりすがったりすることでは決してなく、感謝である。
現実に体験したいと考えることを前もって神に感謝するというのは、願いはかなうと認めることだ…。感謝とは神を信頼することだ。求めるより前に神が応えてくれると認めることだから。
決して求めたりすがったりせず、感謝しなさい。
…でも、何かについて前もって神に感謝したのに、それが実現しなかったら?きっと幻滅し、腹が立ちますよ。…
感謝は神をあやつる手段ではない。宇宙をごまかす仕掛けではない。自分に嘘をつくことはできない。自分の心はごまかせない。口では「これこれについて、神さまに感謝します」と言いながら、内心、願いが満たされていないと信じていたら、神はもちろんあなたが信じるとおりにする。
神はあなたの知っていることを知っている。あなたの知っていることは、あなたの現実になる。
~神との対話 第1章より~
ビッグバンの解説も
まずはじめにあったのは「存在のすべて」、それだけだった。ほかには何もなかった。
その、「存在のすべて」は、自分自身が何かを知ることはできない。なぜなら「存在のすべて」-あるのはそれだけで、ほかには何もないから。ほかに何かがなければ、「存在のすべて」も、ないということになる。「存在のすべて」は、裏返せば「無」と同じだった。
~中略~
そこでいみじくも考えた。一部は全体よりも小さいはずだ。それなら自らを分割すれば、それぞれの部分は全体よりも小さいのだから、残る全体を振り返って、すばらしさを知ることができるだろう。
そこで「存在のすべて」は自分を分割した。栄光の一瞬に、「これであるもの」と「あれであるもの」とになった。はじめて、「これ」と「あれ」が分かれた。しかも、どちらも同時に存在している。また、「どちらでもないもの」も存在している。
~中略~
ついでだが、何ものでもないものから、すべてが飛び出してきたこと、この根源的な出来事こそ、科学者の言う「ビッグ・バン仮説」にほかならない。
~神との対話 第1章より~
聖書からの引用で説明してくれたりも
あなたがたの宗教で、「人間は神の姿をかたどり、神に似せて創られた」というのは、そういう意味だ。これは、一部で言われているように物質的な身体が似ているということではない。そうではなくて、本質が同じだという意味だ。わたしたちは、同じものでできている。わたしたちは「同じもの」なのだ!同じ資質、能力をもっている。その能力には、宇宙から物質的な現実を創出する力も含まれている。
~神との対話 第1章より~
なぜ世界はこんな状態なのか?
著者がこんな質問をすると
ふつうはこんな問われ方をしてきた。神が完璧であって、完全なる愛であるなら、どうして神は伝染病や飢餓、戦争、病気、地震や竜巻、ハリケーンといった天災、深い失望、世界的な厄災などを創ったのか。
この質問に対する答えは、宇宙のさらに奥深い神秘と人生のさらに高い意味のなかにある。
わたしは神のすばらしさを示すために、あなたがたのまわりを完全ずくめにしたりはしない。神の愛を実証するために、人間が愛を実証する余地をなくしたりはしない。
~神との対話 第1章より~
自動書記なんて嘘と言われたりもしてるけど
この本や著者について、自動書記(チャネリング)したなんて嘘だとかインチキだとか言う人もたくさんいるみたい。
でも私的にはそこの真偽はどうでもよくて、内容が自分のためになるものならば読みがいは十分にあると思います。
この内容が完全に著者の創作なら、それはそれですごい人やな!くらいに思います。このブログ記事に引用した部分だけでも、そう思いません?
1巻の第1章のほんの一部分を引用しただけでもこの濃さなんだから、全体を通して読めばどれだけのものか想像できると思います。
自分がどう生きるのか、人生とは何なのかって軸を強化してくれて、宇宙の仕組みについても発見がある、そんな本です。
日常に追われていてもふと読みたくなって、読めば自分を思い出し、自分に帰ることができる、そんな本なんです。
私が持ってるのは古い方の文庫版だけど、その新装版も出てます。kindle版もあります。
1~3の3部構成が元々のやつで、その他もシリーズとしていろいろ出てるみたいだけど、私はこの3部作しか読んでないし、特に繰り返し読んでるのは1です。
試しに読んでみるなら1だけで十分だと思うし、旧の文庫版なら中古もたくさん出てたり、図書館にあったりもするかもしれませんね。
もしこの記事読んで興味がわいたとしたら、ぜひ読んでみてください。
アレだったらカバーかけてタイトル隠しちゃえばいいと思うので(*^^*)
そんな今日の記事をあなたに読んでもらえて嬉しいです♪
本当にありがとう(^人^)それではまた!
Twitter でコソオワをフォローしよう!
Follow @kosoowa3
コメント