不思議体験は伊勢神宮以前にも。亡くなった父に会った話。

自転車の練習 不思議体験

何日か前の記事で「私が不思議体験をするようになったのは伊勢神宮へ行ってからかも」といったことを書きましたが、

伊勢神宮初参拝へ。それこそが不思議体験の始まりだった…かも。
私の実家は神道だったので私の名前は宮司さんにつけてもらったそうです。なので神社に馴染みが深く「一生に一度はお伊勢さん」のあこがれがありました。念願叶った2016年春分の日に体験したことを書きます。

思い起こせば今から10年以上前、とっても不思議な体験をしてました。

ただ、今となっては「あれは事実だろう」と納得しているので、不思議体験にカウントし忘れたというか…

とにかく今日はその時のことを書こうと思います。

孫バカだった私の父

私の父はものすごく性格のいい人でした。面白くて優しくて、私にとって母親みたいな父親でした。

そして私の子どもたちのことをめちゃくちゃかわいがっていて、本当に目に入れても痛くないという感じ。

休みで暇ができるとすぐ「遊ぼう!」と誘いの電話をかけてきてうちの子たちを連れ出します。孫と過ごす時間が楽しくてたまらない、そんなおじいちゃんでした。

自転車の練習はおじいちゃんの担当

私の息子がそろそろ自転車から補助輪を外したくなる年頃になると、「それはおじいちゃんの仕事だ!」と言わんばかりに熱心に練習に付き合ってくれました。

休みのたびに「今日練習行く?」と誘ってくれるのですが、当の本人はなかなかうまく乗れるようになりません。

その頃かなり短気だったのもあって、上手くいかないのはこいつのせいだと言わんばかりに倒れた自転車に当たり散らしたり、「もういい!」とスネて練習を終える日々に、「こんなんでいつ乗れるようになるんだろう…」と思ってました。

そうこうしているうちに父に病気が見つかり、入院や治療で練習どころではなくなりました。

そしてまだ50代と若かったせいで進行が早かったのか、それから半年ほどでこの世を卒業してしまったのです。

練習したいと言い出した息子

家族全員悲しみに暮れ、私も立ち直るのにかなりの時間がかかりました。

日中は忙しくしているので大丈夫なのですが、夜ベッドに入ると涙が止まらなくなり、朝起きると目が腫れています。

父の元職場や入院していた病院のそばを通ることができなくなり、亡くなる直前に病院で聞いた放送がトラウマに。同じ音や言葉を聞くと固まってしまうのです。それくらい私は父が大好きでしたし、それは子どもたちも同じでした。

だからといっていつまでも落ち込んでいるわけには行きません。前を向いて進まなくちゃ。

息子もそんな気持ちだったのでしょうか、何か月もブランクのあった自転車の練習をしたいと自分から言い出しました。

そんな息子の気持ちに応えるべく、広々とした練習用の広場に連れて行きます。

でも全然うまく乗れなくて…

自転車を後ろから支えて手伝うのですが、「おさえててくれないとできない!」と言ったかと思うと「離してくれないと進めない!」とか、うまくいかないイライラからわがまま度もMAXに。

「こりゃあ今日も無理かもなぁ。。。」と思いつつ、

「じゃあこれで最後ね。頑張って試しに一人で乗ってごらん。お母さんココで待ってるから。」と、10mくらい離れたところに彼に向かって座りました。

ついに乗れたその瞬間!

少しの間ジッと何かを考え、そして意を決してペダルを踏み始めた息子を見つめていると、次の瞬間!

息子の後ろに私の父が見えたのです!満面の笑顔で後ろから自転車を支えつつ、押している姿が!

それは亡くなった時の50代の姿というよりは、もう少し若くてスマートな、懐かしい父でした。

自転車の練習

言葉を失い驚いていると、「乗れた!乗れた!」と騒ぎながら息子がこちらまでズンズン進んできます。

私のところまで到達したとき、あまりのことに泣き崩れてしまいました。

その日は何も言わずに

急に号泣しだした私の元へ主人や子どもたちが寄ってきて、「どうした?」と声をかけながら優しく髪や肩を撫でてくれます。

「お母さんはきっと、おじいちゃんのこと思い出しちゃったんだね。」と心配する子どもたちに主人が言いましたが、泣きやむのに時間のかかった私はその日はそのまま、何も言わず家路につきました。

次の日娘が言ったこと

あの瞬間以降、息子は補助輪なしでスイスイ自転車に乗れるようになりました。すると娘が

「お兄ちゃん、おじいちゃんに手伝ってもらって乗れるようになって良かったね。」と言うのです。

「おじいちゃんに手伝ってもらったの、わかったの?」と聞くと、

「うん。帰りの車にもおじいちゃん乗ってきたよ。」って。

私が父の姿を見たのは、もう一度会いたいという強烈な願望が見せた幻想なんだろうと思っていましたが、「ああやっぱり、本当に手伝ってくれたんだ。」と納得しました。

息子も姿を見たとか何かを感じたとか具体的なことは言わなかったけど、「俺が補助輪なしで自転車乗れるようになったのは全部おじいちゃんのおかげ」と今でも言っています。

おじいちゃんにありがとう

息子が乗れるようになって自分は役目を果たしたと納得したのでしょうか、その後の娘の自転車練習には出てきてくれませんでしたが笑、大好きだったおじいちゃんにみんな感謝しています。

こうして今、言葉や文章にすることであらためてほっこり。あったかい気持ちになれて、そのことにも感謝だなぁ♪

ところで、こういう親族登場的な記事を書くとき、父、おじいちゃん、息子、孫… 呼び方がくるくる変わってワケわからないかもしれませんね。混乱した方ごめんなさい。これ、子持ちあるあるです(*^^*)

こんな混乱記事がまたちょくちょくあるかもしれませんが、良かったらお付き合いくださいね。

それではまた!

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